目標設定シートをやってみた

10月になってひとつ年をとった。
去年との違いはやっぱりふうちゃんの有無かなとおもう。
ふうちゃんの存在は非常に興味深い。そして、重要なことだがめちゃんこ可愛い。ふうちゃんという存在がわたしの人生に現れたことが、今ものすごく嬉しいこと。
ただ、やっぱり時間は前よりだいぶなくなった。「時間」の要素はこれからずっとついてくるとおもう。なんでもかんでもはできない。
でも、ないわけじゃないから、ちょっとずつ大事に積み重ねていきたい。
というところで、今日の本題。

時間を大事に使うには、なんにも考えずに日々過ごすより、目標を決めた方がいいかもしれない。
ということで目標設定シートなるものを記入してみることにした。

目標設定シートとは?

元々は応用スポーツ心理学のメンタルトレーニングを主に研究している高妻容一さんが考えたものだそうだ。
わたしが初めて知ったのは「おおきく振りかぶって」という野球マンガのなか。作中で監督が部員全員の全体の目標(甲子園優勝!)を統一したうえで、一枚の紙を配る。その紙には「人生の目標」と「〇〇の目標」(マンガの中では「スポーツ」)という2本の柱があって、空欄には、「夢のような目標」「最低限度の目標」「10年後」「5年後」「半年後」「1週間後」などとにかく小刻みにいっぱい。10分間の間にそれを埋めていく。遠くの目標→近くの目標、人生→〇〇の順番で書くことにも意味があるみたい。
わたしは「おお振り」を超愛読してるので、いつかやりたいなと思っていたけど、結局やらずにすっかり忘れていた。
だけど最近、noteで知り合ったまみすけさんのブログでまみすけさんの目標設定シートを見る機会があってやっぱり面白く、あっPDF配布してるサイト(デイリーきみおさんのブログ)もあるんだ、すぐできるじゃん…と、早速印刷してみた。

ここまで書いといてなんなのですが…
わたしは目標について色々公言する時代とまったく公言しない時代を経て、自分は公言しないほうがいい人間だというのがわかってきたので、内容は載せません。
(まだやってないことを語ることで満足してしまったり、ひとに知られることで変に気にしてしまったり)(でも小さい有言実行を重ねることは自信になるので、数少ない公言は守る!という方針で今やってみてる)(カッコ多すぎ)
なので、ここでは、やってみて色々と思ったことを書こうと思います。

1.人生のなんたるかを不理解

今回初めてやってみて、わたしは人生がなんたるかがわかっていない、ということがわかった。
〇〇のほうは「創作」で埋めていったんだけど、どうかなと思いつつも埋められた方だった。しかし、人生の埋められないこと、埋められないこと…。「人生」と「創作」がごっちゃになっている。というか「人生」ってなんだろう??どういう意味??書くことがなさすぎて、「英語」の目標入れたりもしたけど、なんか薄っぺらいのは心から思ってないからな気がする。わたし、今「人生」に特に目標がないのか。
他のひとのをちらちらと読んでみて、「この時にこうしていたい」っていうことなのかなと思った。「何」だけじゃなくて、「誰」「どこで」というのでもあってもいい。「どんなふうに」もかな。そういう、今はふわふわして形になっていない願望を、形にしていくことなのかなって。自覚していくことなのかなって。
だから、書けないというのはつまり今まで考えて来なかった部分なんだろうな。
むしろここまでのことなら人生の目標、多少埋められた気がする。イメージが湧いた、というか。でも、こっからのこと、わたしがもう若者ではなくなっていったあとの生き方のことをわたしは今まで全然考えてきてなかったんだろうな、そういう気がする。

2.人生に目標って必要なのか

そもそも人生って目標を持たなければだめなんだろうか?もちろんだめじゃない。むしろ自分に問いかける質問が間違ってる気がした。
「わたしって人生に目標を持ちたいんだろうか?」「持ちたいとすれば、何?」「欲しいものは?」「なしとげたいことあんの?」
それは「人生」の項目にも「創作」の項目にも言えること。
つまり、この目標設定シートというのは、『叶えたい目標があるひとがそれを叶えるためのシート』であって、『叶えたい目標が特にないひとがこれによって目標をあぶりだす』ためのものではない…んだと思う。きっかけにはなっても。むしろ『今現在自分がどれだけ意識的に生きてるかどうかをあぶりだす』…ものではある気がする。それがいいかどうかは別にして。

3.夢のような目標、最低限の目標

「創作」のほうのこと。わたし「夢のような目標」をちゃんと腑に落ちるような形で書けてないって感じた。最低限の目標は心から書けた。これは言っても問題ないから書くけど、『一生ちまちま書き(描き)続ける』だ。個人的にはこれが腑に落ちて書けるようになったことが、ささやかにして本当に重要な、ここ数年の意味なんじゃないかって思った。

と、ここで「おおきく振りかぶって」が電子書籍の中に丁度入ってたのでその該当の巻を読み直してみた。
前者の人生書けないの三橋じゃん…後者のかなり無理して夢のような目標書いたの花井じゃん…。
そのうえで花井のセリフが心にずんときた。

目標立てたら実現できるってわけじゃない。
目標は自分がそこへ向かっていくって約束なんだ
自分の可能性めいっぱいまで使ってみたいなら
目標はでっかすぎないとだめだ!

わたし、また同じこと繰り返そうとしてるのかもなあ。今の自分にちょうどよさそうな箱を探して、そこに自分を入れようとしている、という点で。
剣道の道場で言われたことを思い出す。わたしは開始早々、足を動かしてしまうと。それだと落ち着かずに力がたまらない。まず、その場にまずじっとするんだって。ガマンして。そうすると、力が入る。前に飛ぶ力が。
それが本当の目標かはまだわからない。でも、それを目指してみて悪いことはあるんだろうか?
…うん、あるな。そうだ。ここで出てくるんだ。わたしは頑張らない時間をなくしてしまうんだ。カスのようだけど、結局同じというのはこういう意味だ。わたしの中のストッパー。
それを完璧に封じたらだめだ。それが今のわたしなんだし、無理だってなっちゃうと、結局モチベーションが下がる。むしろ今自分に問いかけるべきは、「どうやったら、一番頑張りたい道を目指していいと思えるか」だ。
なんとなく今思った。ああ、だから「人生」と「〇〇」2つの柱が必要なんだって。この2つがちぐはぐじゃだめなんだ。

4.向かいたい方向

今自分の持っているものを、ちゃんと活かしてやりたい。できれば最大限。それがなんであれ、なんにであれ。(ただし、ひとの望むものではなく、わたしの望むものに)
そして、それができる人間になりたい。その気持ちを支えてあげられる人間になるというか。(集中力・継続力・実行力・わたしのダメダメな気質と折り合いをつけるなど)

でっかい目標はまだわからないけれど、今わたしには小さな心躍る目標があるから、それを大事にしていく。そこに時間を使っていく。でっかい目標を探してうろうろするんじゃなくて。小さな目標を叶えることが、たぶん、すごく大事なんだ。わたしにとって。それは方向として間違っていない気がする。間違ってても無駄にならない。無駄にしない。

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