ふうちゃん観察日記・1才~1才1ヶ月

リアルタイムのつぶやき


母さんは陽気な人間でしかもタフだから、家事だけじゃなくて、ふうちゃんといっぱい遊んでくれた。わたしはゴロッゴロゴロゴロした。なんならこのひとつ前の記事の『野村とゴロー』というマンガをネーム大賞に応募さえした。
わたしは台所にふうちゃんを入れたらいけないって思いこんでいたけれど、母さんは自分が見ていて危ないものに触らせないなら、興味があるものにどんどん触れていくのがいい…って感じで接していた。それも目から鱗だった。まあ、その分見てなきゃいけないんだけど、その手間や安全さを引き換えにしても「何を大事にしたいのか」って目線だ。母さんはそういうふうにわたしを育ててくれたのか、ってなんかじんとしたりもした。
母さんがよく笑うから、ふうちゃんは鏡のようによく笑うし、母さんが沢山抱っこするから、抱っこが好きでせがむほどになった。
疲れているのを理由にスキンシップが少なくなっていたなってことにも、そのとき気づいた。
もちろん、わたしは母さんとおなじにはふるまえない。ふるまわなくていい、ともおもってる。
ただ、しばらくなんとか毎日を回すことに必死で、「どうしたら疲れずにすむか」みたいな方に流れていって、「何を大事にしたいのか」がうっすらしてしまってた。
休んでいるあいだ、母さんのななめ後ろからいろいろと考えることができた。これしたいな、とか。これはよくなかったな、とか。
「軌道修正」できた、とおもう。行きたいのはこっちだって。
そして、すごく嬉しくなったんだけど、ふうちゃんと遊んでて「わはは!」って笑いがこみあげて、もっと遊びたいな!っていう気持ちになんだか久しぶりになれたのだった。
もちろんずっとふうちゃんは可愛くて、遊ぶのだって楽しくないわけじゃなかった。でも疲れてて、ずっと「早く寝ないかな」っておもってたんだ。
わたしが笑って、ふうちゃんも笑って、ああよかったなあーとおもった。母さんには本当に感謝している。
もちろんこれからだって疲れるけど、息継ぎができたら、また泳いでいける。
たぶん何度でもだれるけど、ちょっとだけ「こうしたい」寄りの行動を増やしていける気がする。
次はまた冬に日本に帰るとき、息を思いっきり吸ってこよう。また変な方向に進んじゃってたら、方向転換だ。
ふうちゃんの喜びを大切にしていく方向に。

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